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子供 自由な人生を手に入れる

自分の子どもが病気や障害を抱えている。 それは、私のために肩代わりをしてくださっている

自分の周りの人が病気になったとします。
「ああ、私の代わりにあなたが浴びてくれたのね」
と思えたら、病気になったその人に感謝をするようになります。

私の場合、妻が私の発病に合わせるように
同じ時期に病気になった。
私の命がそのことで救われたのかもしれないと気がついたのです。

その意味で、妻に対する感謝が深まったのですが、
さらに気づくことがありました。

妻とは三十歳で結婚して、
三年たった三十三歳のときに生まれた長女のことです。
いま二十九歳になりました。

その長女が知恵遅れの子どもでした。
この子は今も精神年齢が四~六歳ぐらい。
最近の知能計算でいうと三歳ぐらいだそうです。
後退しました、若返っているのです。

この子はいい子で、
二十日ぶり三十日ぶりに私が家に帰ると、
玄関にダダツと出てきて、ニコニコ笑って
「パーパ、おかえり」と抱きついてきます。
「ケイコちやん、ただいま」
と抱きしめると、向こうも
「パーパ、おかえり」
「ケイコちやん、ただいま」という挨拶の繰り返しになります。
この儀式を五分間続けないと家に上げてくれません。

この子が生まれたことで
わが家のいろんな問題を
ー身に背負っていてくれたのかもしれないと、
伊勢神宮ヘのありがとう参りのあとで思えるようになったのです。

この子が知恵遅れで生まれてくれたことの本当の意味を、
私はつい最近まで、
天皇の言葉と正岡子規の言葉を聞くまで、
気がつきませんでした。

この子は三十年間、
小林家の災いを全部一手に引き受けてくれていたのではないか。
それがこの子の本当の意味だったのではないか
と気がついたのです。

この子か生まれてから、
小林家には災いという災いはまったくなく、
仕事もずっと頼まれつづけ、
経済的にもそれなりにやってくることができました。

妻も病気をせずにやってこられた。
妻は会社の経営をしていますが、そこも順調にやってこられた。

そういうふうに考えると、
この子が生まれながらにして小林家の災いを一手に引き受けてくれた結果、
この三十年間、
私たちは病気もしないで、
仕事もたくさんすることができたのではないかと思ったのです。

ケイコちやんが全部それをー身に背負ってくれたととらえたら、
この知恵遅れの子どもに感謝するほかありません。

だから、病気とか障害の見方が全然違うものになりました。

もし私たちの周りに病気や障害を持っている人がいたら、
それこそその人が身代わりになって、
それを浴てくださっているということです。

いま親の介護をしている人がいるかもしれません。
痴呆状態になっている親を抱えている人がいるかもしれません。

そういう親を介護する立場の人は
「疲れた、疲れた」と言うかもしれないけれど、
じっは逆かもしれません。

この親が、自分のところに降っている災いを
本人の代わりに肩代わりしてくださっているのかもしれません。

このような考え方をすると、
世の中のありとあらゆる災いが、
私にとってありがたいことに置き換えられてしまいます。

それらはすべて、
頭の下がること、手を合わせることに変わってきます。

自分の子どもが病気や障害を抱えている。
それは、私のために肩代わりをしてくださっている
というふうに思えるのです。
引用元
「淡々と生きる」

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